事業を「見えるようにする」
事業を取り巻く環境が大きく変化しています。1950年に25億人だった世界の人口は2020年には80億人に、2050年には100億人になるといわれています。1950年頃のメディアといえば新聞とラジオで、その後テレビが出現し、インターネットが加わりました。それにより、一人の人が好むと好まざると、一日に遭遇する情報量は1950年頃とは桁違いと言ってもいいでしょう。SNSという手段が広まり、さらに飛躍的に人々はあらゆる情報を浴びています。すべての情報からこれというものをゆっくり吟味したり、処理したりすることが現実的ではなくなっています。
私はこの原稿を成田からフランクフルトに行く飛行機の中で書いています。あと数時間もしたらフランクフルトに到着します。もし飛行機がない時代だったら、いったいどのぐらいの時間をかけて日本からフランクフルトへいったでしょうか。その後の乗り継ぎ便もホテルも、レンタカーの予約もすべて東京でオンラインで完了しています。レンタカーを運転する際には、スマホによるナビゲーションシステムで全く知らない場所でも問題なくたどり着けます。その先で待っているビジネスの相手とは、メールでミーティングの内容がすでに共有化されています。一部の人はそのミーティングにオンラインのテレビ会議で別の国から参加します。1950年頃に、このような環境となることを想像できたでしょうか。
人が今よりも少なく、情報ソースが限られ、その伝達範囲が限定的であった時代には、熱い想いをもって一つのアイディアを辛抱強く続けることが成功の秘訣だったかもしれません。今でもそれは否定しません。でも今は時代が違うということを認識すべきです。ある事業を始めたとします。その事業は自分とはまったく接点のない人から見られています。そこにはチャンスもリスクも、かつてとは桁違いにあります。世界中で多くのビジネスが誕生しています。まともに競合になっている場合もありますし、明日競合になるかもしれません。または全く違う分野なのに数カ月後に顧客を全部もっていかれることもあるかもしれません。つまり、これから事業を始めるのに、「勘と度胸と出たとこ勝負」が通用しなくなっているのです。海外展開も視野にいれるならなおさらです。
事業を確実に行って拡大していくためには何が求められるでしょうか?いろいろな答えがあるなかで、私が新規事業立ち上げの最初にまたは事業開発の途中で重要視することは、「事業を見えるようにする」という言葉で表現したいと思います。その事業はどういう事業なのか、その市場はどういう市場なのか、どういう戦略なのか、どういう組織なのか、それをやることで社会にどのように役にたつのか、そしてそれはきちんと利益を生み続けてずっと存在していくことができるのか---など、必要ないくつかの項目で整理していきます。それらのことが、一緒に事業を行っていく人に見えるようになることが大切なのです。はっきり見えることによって、事業がきちんと存在していて、多くの人との関わりが認識され、そしてはじめて共感が生まれるのです。この共感を得ることこそが事業を将来に向けて発展させられる要だと痛感しています。
新規事業実務研究会では「事業を見えるようにする」ためのベースの理論としてステージゲート法を利用しています。ただし、オリジナルのステージゲート法はその発生した時代や経緯から必ずしも「事業を見えるようにする」ようにはできていません。そこで今の時代に合わせて理論構築し、その理論を実践してさらに修正を加え体系化しました。それが当研究会が提供する「チェックゲート式」メソッドです。
ステージゲート法とは、1980年代にカナダのロバート・クーパー教授が開発した、多くの製品や技術開発テーマを効率的に絞り込んでいく方法論です。主に製造業を対象に北米では比較的多くの事例で展開されていて、アイディアの創出から実際に事業を行うまでのプロセスを複数のステージにわけ、ステージとステージ間にゲートを設けて、開発テーマや商品を効率的に絞り込み成功確率を高めていきます。基本的な考え方は、事業アイディアをたくさんもってそこからいろいろな切り口で客観的に精査していって、最後は成功できる事業をひとつかふたつ成長させるというものです。イメージは多産多死です。新しい事業を始めるのに、たったひとつのアイディアを思いついたとして、それが事業として数百億円規模で大きくなっていくというシナリオを描く人がいます。気持ちはわかりますが、その成功確率は正直言って高いとは言えないでしょう。それでもやろうとするのは、もはやそれが「絶対うまくいく」という思い込み以外なにもでもありません。もちろんいい意味での思い込みは必要です。でもそれだけで事業が成功するほど世の中は甘くありません。
だからこそ、論理的に「事業を見えるようにする」ことが大切なのです。
私たちは新規事業にこれから取り組む人、すでに取り組んでいる人にむけて、このやり方を提案します。いざやってみると意外に難しいという声が多く、ディスカッションをしながら行うプロセスでは、再考を余儀なくされるケースもあります。事業を「見えるようにする」ことは、誰にでも誤解のないような言葉にしていくことでもあり、それをすることであらためて気づくこともあるでしょう。そこからが事業開発のスタートです。